まとめ(先に知りたい人へ)
- 記憶喪失は本当にあります。 医学では「健忘(けんぼう/amnesia)」と呼ばれます。
- 主な原因は、脳のけがや病気などの体の問題(器質性)と、強いストレスやトラウマといった心の問題(心因性)の2つです。
- よくあるのは「新しいことを覚えられない」というタイプ(前向性健忘)。
- 映画のように「突然全部忘れて、もう一度のきっかけで全部戻る」ことは、現実ではほとんどありません。
- 完全に治すのは難しい場合が多いですが、リハビリやメモやスマホなどの工夫で生活を支えることができます。
フィクションと現実の違い
テレビや映画では、頭を打ったりショックを受けただけで名前や大事な人だけ忘れる、というシーンがよくあります。そして、もう一度強い出来事があると全部思い出す……。でも、本当の記憶喪失はもっと複雑です。
現実の患者さんは、毎日の生活で繰り返し同じ質問をしてしまったり、昨日のことを覚えていなかったりして、本人も家族も困ることが多いです。ドラマのように「新しい人生を始められる」感じではなく、むしろ大きな負担になることがほとんどです。
記憶はどうやってできる?
記憶はコンピュータの保存とは違い、3つのステップで成り立ちます。
- 記銘(きめい/Encoding):入ってきた情報を脳が理解できる形に変える。
- 保存(Storage):一時的な記憶を長く残せるようにする。
- 思い出す(Retrieval):必要なときに取り出す。
このどこかがうまく働かなくなると、記憶喪失が起こります。
「物忘れ」「健忘」「認知症」の違い
- 物忘れ:誰でもある。体験の一部を忘れる。たとえば「名前が思い出せないけど、顔は覚えている」。
- 健忘(記憶喪失):体験そのものがごっそり抜ける。自分では気づかないこともある。
- 認知症:記憶だけでなく、判断力や言葉の力なども落ちていく。
健忘は認知症とは違い、記憶以外はしっかりしている場合もあります。
どんなタイプがあるの?
- 前向性健忘:発症後の出来事を覚えられない。
- 逆行性健忘:発症前の出来事を思い出せない。
- 一過性全健忘(TGA):突然起こり、数時間〜1日くらいで回復する。中高年に多い。
- 解離性健忘:強い心のショックで大事な記憶が抜け落ちる。
- 全般性健忘:とても珍しく、自分の人生全体を忘れるような状態。
記憶を作る脳のしくみ
記憶に関係する脳の大事な部分をいくつか紹介します。
- 海馬(かいば):新しい出来事を長期記憶に変える。壊れると新しいことが覚えられない。
- 扁桃体(へんとうたい):怖い・うれしいなど感情と結びついた記憶。
- 前頭前野:会話中に情報を一時的にキープしたり、思い出す作戦を立てる。
- 側頭葉:知識や言葉の記憶を長く保存。
- 視床(ししょう):記憶ネットワークの中継地点。
これらはネットワークでつながっていて、どこかが壊れると記憶に影響します。
脳の問題で起こる健忘(器質性)
- 頭のけが:事故やスポーツで頭を強く打つと、一時的に覚えていられなくなることがあります。
- 脳卒中:脳の血管が詰まったり破れたりすると、その部分の記憶が失われます。
- 栄養不足(ビタミンB1欠乏):お酒の飲みすぎで起こりやすく、作り話をしてしまう症状が出ることもあります。
- 脳炎:ウイルスで脳が炎症を起こすと、重い記憶障害が残ることがあります。
- アルツハイマー病や脳腫瘍:ゆっくり進む病気でも記憶が影響を受けます。
心の問題で起こる健忘(心因性)
- 強いトラウマ:戦争や事故、虐待などで起こります。
- 特徴:記憶は消えていないのに、心がアクセスを止めてしまう感じです。
- 解離性とん走:突然家を出て放浪し、新しい生活を始めることも。後から元に戻りますが、その間の記憶は抜けています。
同じストレスでも「フラッシュバック」で強く思い出し続ける人もいれば、「解離性健忘」で全く思い出せなくなる人もいます。
有名な事例:患者H.M.
アメリカに「H.M.」と呼ばれる有名な患者さんがいました。てんかんの手術で海馬を取り除いた結果、発作は減りましたが、新しい記憶を一切長く残せなくなったのです。毎日が「初めて」のようになってしまいました。
しかし、ピアノやスポーツのような「体で覚える記憶」は残っていました。このことで、記憶にはいろいろな種類があることが分かり、記憶の研究が一気に進みました。
どうやって調べる?どう支える?
- 調べ方:お医者さんは本人や家族から話を聞き、記憶テストやMRIなどの検査をします。
- サポート方法:
- メモやスマホで忘れやすいことを補う。
- 訓練で少しずつ思い出す力を伸ばす。
- 心の問題が関係するならカウンセリングも大切。
- 家族も対応の工夫を学ぶ必要があります。
目標は「完全に元に戻す」ことより、今できる力を使って生活できるようにすることです。
フィクションと現実の比較
- 映画:軽い衝撃で突然忘れる/都合の良い記憶だけなくなる/感動のシーンで一気に回復。
- 現実:はっきりした脳の損傷やトラウマが必要/新しいことを覚えられなくなるのが多い/回復はゆっくりで部分的。
よくある質問
Q1. どのくらいで治るの?
→ 原因によります。TGAなら1日で戻ることもありますが、脳炎や大けがでは長く残ることもあります。
Q2. 二度目の衝撃で治るって本当?
→ いいえ。逆に悪化する危険があります。
Q3. ストレスで全部忘れることはある?
→ 心因性健忘では大事な記憶が抜けることはありますが、人生の全部をきれいに忘れるのは非常にまれです。
Q4. 防ぐ方法はある?
→ ヘルメットで頭を守る、お酒の飲みすぎに注意、生活習慣病の予防、十分な睡眠とストレス対策が有効です。
まとめ
- 記憶喪失は本当にある現象です。
- 原因は大きく分けて「脳の損傷」と「心のトラウマ」。
- 新しいことが覚えられないケースが特に多いです。
- 完全に治すのは難しいですが、工夫と支援で生活を支えることができます。
- 映画やドラマと現実は大きく違うことを知っておくことが大切です。
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